髪を染めた日

すこし前の話だけれども、美容室で髪をばっさりと切り、真っ黒な地毛にカラーまでしてしまった。
特に何かあったわけでもなかったけど、現状維持もイヤだと思い、容姿から変わりたかったんです。

けどそんなことがあるだろうか。
私は髪の長さに加え、ガッツリとカラーを入れることによって「お前どうしたんだ?」と言われるくらいのイメチェンを行いたかった。
なのにどうした。薬剤も時間も1.5倍以上掛けたというのに、私の髪は全然いうことをきかず、思うように染まってくれない。

美容師さんも首を傾げながら、私の髪を見ている。
「こんなことはあり得ない・・・」と言わんばかりのモヤっとした表情だ。
熱を加えれば・・・と、一抹の望みをかけドライヤーを当てても、色んな角度から鏡で覗きみても、結局私の髪が黒いことには変わらない。
「んーんー・・・」と美容師さんは考え込む。あんまいい雰囲気じゃないな・・・。

すこし別の事を考えよう。
家の冷蔵庫には近所の八百屋で買った甘くないトマトがいくつか残っていたことを思い出し、タブレット端末でお構いなしに「レタスクラブ」を読み進めながら、今日の夕飯を考えてみる。炒め物にしようか、スープにしようか。

と、困り切った美容師さんから私に「今回、カラー代は無しにしてもいいですか」と提案が入った。「え???」

なんて頑固な黒髪よ。
しかし髪を染めるにあたり迷いはあった。
薬剤を頭に塗りたくる寸前まで「髪を染めて別人みたいになりたい」と思う私と、「地毛のまま、自然体でありたい」と思う私がぶつかり合っていた。
ところが髪は染まらない。
一度は折れたはずの「自然体でありたい」という気持ちが最後まで抗い続け、「迂闊な色に染まるまい」と強力な薬剤すら跳ね除けてしまったのか。
ここまでして黒髪を貫こうとするなんて、殊勝な我が髪よ。意地というより、意志ではないか。

染めても染まらぬ頭。
にしても、それならあの時間はなんだったんだ。何が起きたかさっぱりで、私は美容室を後にした。
首元をスースーさせながら、スーパーで玉子を買って帰った。夕飯はトマトと玉子の中華炒めにした。